奥尻空港の歴史 OIR/RJEO

奥尻空港とは? 離島の空の玄関口として島を支える地方空港

奥尻空港は、北海道奥尻郡奥尻町にある地方管理空港です。奥尻島の空の玄関口として、住民の移動や通院、観光、ビジネス需要を支える重要な交通インフラであり、現在の設置管理者は北海道です。滑走路は1,500m×45m、運用時間は9:00〜17:00で、離島空港として地域生活を支える役割を担っています。

現在の奥尻空港は、1974年の開港以来、路線継承や施設更新、滑走路延長を経て機能を高めてきました。特に2004年の新ターミナルビル供用開始と、2006年の1,500m滑走路完成は、奥尻空港の歴史のなかでも大きな転機となっています。

奥尻空港の歴史年表
奥尻空港の歴史年表

奥尻空港の基本概要

空港名 奥尻空港
空港種別 地方管理空港
設置管理者 北海道
所在地 北海道奥尻郡奥尻町
滑走路 1,500m × 45m
運用時間 9:00〜17:00
令和6年度乗降客数 14,584人

奥尻空港の令和6年度乗降客数は14,584人です。離島空港としては小規模ながら、島の生活交通と観光交通の両面で重要な役割を果たしています。

奥尻空港の歴史と沿革

奥尻空港は1974年9月9日に開港しました。同年10月25日には函館空港線が開設され、奥尻島と北海道本島を結ぶ定期航空路線としての役割を担い始めます。翌1975年4月1日には、設置管理者が奥尻町から北海道へ移管され、道管理空港としての体制が整えられました。

その後、1994年7月22日には函館線がエアー北海道へ移管されました。奥尻空港は小規模ながらも、運航事業者の変遷を通じて離島路線として維持されてきた空港です。

2004年3月18日には、現在の空港機能の基礎となる新ターミナルビルが供用開始されると同時に、新滑走路1期部分(800m)も供用開始されました。さらに2006年3月25日には新滑走路2期部分が供用開始となり、滑走路は1,500mへと延長完了しました。これにより、空港機能は大きく向上し、現在の施設構成へつながっています。

近年では、2021年7月17日に丘珠空港線が開設され、奥尻空港のアクセス性はさらに広がりました。これにより、奥尻島の観光需要や道内移動の利便性向上が期待されるようになりました。

年表で見る主な出来事

  • 1974年9月9日:奥尻空港が開港
  • 1974年10月25日:函館空港線が開設
  • 1975年4月1日:設置管理者が奥尻町から北海道へ移管
  • 1994年7月22日:函館線をエアー北海道に移管
  • 2004年3月18日:新ターミナルビル供用開始
  • 2004年3月18日:新滑走路1期部分(800m)供用開始
  • 2006年3月25日:新滑走路2期部分が供用開始
  • 2006年3月25日:滑走路1,500mが完成
  • 2021年7月17日:丘珠空港線を開設
  • 令和6年度:乗降客数14,584人

奥尻空港の施設と利用環境

奥尻空港のターミナルは地上2階建てで、搭乗橋は設置されていません。コンパクトな空港ながら、島の交通拠点として必要な機能を備えた施設構成となっています。

奥尻町公式ページでは、奥尻空港の管理窓口として空港管理事務所の連絡先が案内されています。電話番号は01397-3-2153、FAXは01397-3-2154です。

奥尻空港の就航路線と役割

奥尻空港は、奥尻島における生活路線としてだけでなく、観光振興の面でも重要な意味を持っています。函館空港線に加え、近年は丘珠空港線の開設によって道内アクセスの選択肢が広がりました。島外との接続を維持することで、医療・教育・観光など多様な移動需要を支えています。

まとめ

奥尻空港は、1974年の開港から半世紀にわたり、奥尻島の空の玄関口として機能してきた地方管理空港です。開港、路線開設、北海道移管、ターミナル刷新、滑走路延長、丘珠線開設といった節目を経ながら、現在も島民生活と観光を支える存在であり続けています。年表画像とあわせて読むことで、奥尻空港の歩みがより立体的に把握できる構成になっています。


参考資料

この記事を書いた人

航空会社で働く地上さんです
やりがい搾取と言われる航空業界ですが、個人的にはどハマりしています
異動を重ねて色々な経験をした私がやさしく解説する航空教室です

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